僕の宵と明けの唄

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僕の宵と明けの唄

アスペルガー症候群の僕の日々の生活・趣味を綴ります。

冬の西和賀へ その1

一月末、かねてより年末年始の妻の疲れやアトピーの状態の悪化を癒すために計画(!?)していた温泉ツアー第一弾がやっと決行されました。

昼起きしてめざすは岩手県きっての豪雪地帯、西和賀の湯田、湯川温泉の「ふる里」という旅館の日帰り入浴。

その前に、身支度を整えて。

足元の温かさを重視してsorelのカリブーを履いていきます。

(ソレル) SOREL ブーツ メンズ 男性用 カリブー ウール Tobacco 28cm

さて、今日も寒い。朝の盛岡はマイナス8℃だったようで、少々の雪が風に舞っている。
雫石経由で西和賀に向かいます。

まだ盛岡市である繋(つなぎ)から、御所湖を眺めると半分氷が張ってます。

寒中ならではの、いい景色。

雫石に入って、ますます雪は多くなる。
といっても、この冬は暖冬で例年の何割かの降雪量なのでしょう。

■記憶の中の山伏峠

雫石から沢内(西和賀町の北、旧沢内村)に抜ける道といえば、「山伏峠」。。。

まだ僕が体重40キロ台だったやせっぽちの新社会人だったころの、「一人出張デビュー」が、湯田(西和賀町の南、旧湯田町)への10月末、大雪による被害の確認作業でした。

今でもそうですけど、不安症なため、当時は当たり前だったマニュアル車でのレンタカーでの峠越えに緊張していました。

その緊張は極度に達し、若さゆえ、怖いもの知らずゆえの行動に出ました。

前夜、予行演習にと、一度道路の確認をするに至ったのです。。言い訳ですが、カーナビもない時代でしたからね。。

盛岡はまだ、みぞれ程度でしたが、雫石を南下するなり、圧雪状態。
愛車はスタッドレスも履かず、ノーマルタイヤでした。

そして、山伏峠。

今の山伏トンネルができる前で、急こう配急カーブが連続する上り坂でした。
その時の緊張と映像は今でも脳裏に焼き付いています。
細く暗い旧山伏トンネル。

トンネルを抜けると一気に50センチは降雪があったであろう豪雪地帯が目の前に。
重ねていいますが、まだ10月でした。

途中、自動販売機でホットコーヒーを買ったとき、トラックの運転手さんに
「ノーマルで来たのぁ?」なんて声をかけられ、返す言葉も見つからず。。。

あとは、ただひたすら豪雪の圧雪の中を事故だけは起こさないように願いながら、沢内を抜け、湯田をを抜け、北上市に入り、国道4号線を盛岡に向けて走らせ、ねぐらに着いたのが夜中の2時ごろ。

そして、次の朝、本番で、また山伏峠を越えたわけですが、車の交通がけっこうあったのか、夜とはまた違って、アイスバーンになって、慣れないレンタカーに四苦八苦しながら。。。

で、調査を行った先では
「なんだが、わらすっこみでえなの来たな」、子どもが来たな、と怪訝な顔をされ、まぁ、無事、大雪の出張を終えたのでした。

そんなこんなで山伏峠の新トンネルができて久しく、難所から脱却した現在に至るも、山伏峠や沢内、湯田の道路は、目的地としても、また、山形の弟を訪ねた時や、秋田の本庄や象潟に出かけるドライブ、新潟や富山、石川に出かける旅などでもなじみの深い通りなのです。

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その後、沢内のへの仕事では、Iターン就農者でがんばっておられる方を取材させてもらったり、「雪納豆」づくりを取材させてもらったり、いい経験も多々させてもらいました。

なんだか、悪い癖で昔ばなしばかりで本稿は埋め尽くされてしまったので、本編の今回の温泉ドライブなどは、その2以降に回すことにして、ただ一つこれを書いていて思いましたが、曲がりなりにも一生懸命、その時その時を生きていたな、という「過去」を述懐するとともに、気持ちを新たにしたのでした。