僕の宵と明けの唄

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僕の宵と明けの唄

アスペルガー症候群の僕の日々の生活・趣味を綴ります。

ルドン、クノップフ、クリムト、シーレ

人並にアートが好きだ。

絵に興味を持ち始めたのは、それは幼少の頃の事であるが、ゴッホの小中学生向けの教育本を読んだ過去が印象に残っている。
子ども心に、何でもできた兄はゴッホが好きだといったのを覚えているし、ならば僕は、ゴーギャンが好きだと対抗心的なものを発露させたのを覚えている。

僕は、とにかく病弱で、当時母が勤めていた町内の国保診療所にことあるごとにお世話になっていて、「着物が似合うやっちゃん」と呼ばれていたらしい。
僕の幼少期では、うちの家では、子どもは寝巻に浴衣と羽織の着物を着せてもらっていた。
祖母が縫ってくれた、仮面ライダーの模様がプリントされた茶色の羽織を今でも鮮明に思い出す。

そんなわけで体が弱く、泣き虫の力なしだったので、遊びには絵を描くことが多かった。

はしょるが、大学生になって、暇を持て余してアクリル画を描いたり、東京の友だちを頼り、美術展にもよく行った。

1990年代初頭がアートを吸収したピークであった。
全身の毛穴から、バブル末期の東京のアート展の空気を吸い込んだ。

好きな音楽アーテイストのライヴを回り、美術展を回り、東京でしかやっていない単館のロードショーを観るのが東京での過ごし方だった。

今でも、岩手県立美術館を中心にたまに仙台で、あるいは数年に一度、東京で美術展を観にゆく。

それで、今度、今、東京の新国立美術館ダリ展をやっているというので、観に行くことに決めた。
びゅうの東京エコノミーパックで30日前割引にて宿と新幹線の切符を取ったところだ。

そんなわけで、以下、ほんの少し好きな画家・アーティストについて「生年順」に記したい。

シンボルとしての幻想絵画

その中でも、自分の好きなものは絵で、「象徴主義」といわれる画家が多く、幻想的な絵を描く芸術家が好きなことが傾向としてあるようだ。


ルドン
1840~1916(76歳)フランス
幼年期病弱だったようで、空想にふけりがちな子供だったという。初期はモノクロの奇妙な怪物たちの絵で有名だが、50歳ごろから色彩に目覚め、神話や花をモチーフにした幻想的な絵を多く残している。


オディロン・ルドン―自作を語る画文集 夢のなかで

僕は、各地の印象派展や仙台でのクリムトを中心とした分離派展で観ているが、その圧倒的な色彩美や花瓶に生けられた花の絵など、実物なのに空想の世界を描いているようで、一番大好きな画家だと言っていい。

ただ大きな心残りは、それを目当てに2002年あたりだっただろうか、名古屋へ遊びに行った時にルドン美術館として有名な岐阜県立美術館へ行ったときに、3月の祝日にもかかわらず、月曜で休館日で観られなかったという、大きな忘れ物をしている。

いつか、再訪して、数々の所蔵作品を観たい。

■幽玄の美の中で
クノップフ
1858~1921(63歳)ベルギー
幻想的な女性の絵や、獣と一体となった人間の絵など幻想絵画を描く。
タッチが繊細で、日本画における美人画のようなものを感じる。それだけ、肖像画においても独自のゆるぎない美を表現しようとした画家なのであろう。

東京での1990年の単独展には行けなかったが、仙台での分離派展で何点か観ている。透明感に引き込まれる。

クリムト
1862~1918(55歳)オーストリア
代表作「接吻」など金を惜しみなく使った、金彫とのコラボレーション、日本画の屏風画などに影響を受けているであろう、きらびやかな世界観を描く大家である。


もっと知りたいクリムト生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)

僕は、学生の時に東京で行われた展覧会には行けず、「接吻」を観ていないが、観ていないからこそか、いろんなシチュエーションで場所で、彼の作品を追うように観た。

愛知では豊田市美術館で美しい花柄の服を着た女性の絵を観ている。愛知県立美術館では、「黄金騎士」。そのほか、仙台で数点。

いつかオーストリアに行けるものなら、「哲学」や「医学」といった大規模な壁画も観てみたいが、彼の好きな絵のもう一方の特徴として、独特のタッチで描かれた風景画も好きだ。

エゴン・シーレ
1890~1918(28歳)オーストリア
ここに挙げた画家の中でも退廃的な美という点で傑出していると思う。

東京での単独展に行って観ている。
早熟、夭逝の画家である。


エゴン・シーレ (「知の再発見」双書)

心を掴まれるような裸婦、自画像などのほかに、若い時期には暗い街角を、コンポジションとして描いた数々の風景画を描いており印象的だった。
大作、「死と乙女」を観て数分立ち止まっていたのを覚えている。

展示されていたかは忘れたが、彼の描いた、妻と幼児と自分の絵には、彼のたどり着いた画家としての境地を感じるし、妻が流行のスペイン風邪でシーレの子どもを宿したまま死亡し、その3日後にシーレ自身も同病で亡くなっているというのが、悲しい。

今回は、以上。

ほかにも好きな画家が沢山いるので、画家やアーティストについて書く機会があると思います。