僕の宵と明けの唄

僕の宵と明けの唄

アスペルガー症候群の僕の日々の生活・趣味を綴ります。

掌蹠膿疱症の治癒に向けて〜すべての同じ病気で苦しむ人へ。

 

■掌蹠膿疱症の発症

 しょうせきのうほうしょう、と読みます。

 まず、この記事には罹患時の写真を含みますので、閲覧にご注意ください。

 この病気を発症したのは、震災の翌年、2012年6月ごろでした。

 盛岡市で開かれた東北六魂祭に出かけて、帰宅してから、足の裏の小さな水疱に気付いたのが最初でした。

 家から、会場の中央通りまで、結構な距離を歩いて行ったもんですから、足に負担がかかったのかなと、当初は思っていました。でも、現実は僕の想像をくつがえすものでした。

 

 「掌」は手の平のことですが、「蹠」は足の裏のことです。そこに、文字通り小さな膿(うみ)の水疱ができるわけです。しかも場所によって、深刻に無数の水疱が。。。

 僕の場合も発症後、あれよあれよと両足の裏に増えていき、受診。

 たまたま母が、胆石症手術で入院していた総合病院で、見舞いがてら診てもらったことで、病名を告げられました。

 (まったく関係ないけど、この「胆石症」というやつが、のちのち僕の場合、関係してくるのかなぁ。。。)

 

 水虫かどうかの検査のあと、まず金属アレルギー性のものかどうか検査してもらいました。銀歯が結構あるので。しかし、金属検査の結果は陰性。

 あとで、遠戚のおじ(マタギのイチローさん(仮))も数年前に罹患したという話を本人から聞きましたが、「(老年になり)銀歯が抜けたら治った」とのことでした。

 

 耳鼻咽喉科で扁桃腺の検査もしてもらいました。刺激検査をし特段の変化はなかったものの、医師は「扁桃腺を切った方がいい」とのことでしたが、生まれてこの方、手術ってものをしたことがなく、当時は怖くて尻込みしました。

 

散歩ができない

 そうして、あれよあれよという間に症状は悪化し、僕の場合は主に足の裏全体に赤い膿のようなものが無数にできて、そこから、皮が固くなり、裂け目ができ、皮が毛羽立ち、はがれ、生皮が見え。。。結果、歩くことも困難になり、日課の散歩からも足が遠のいてしまいました。

*発症後4カ月の足の裏の写真

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 この病気は、悪化と寛解(治ったような状態)を繰り返します。

 僕が最初に受診した総合病院の皮膚科の医師は、たまたま、岩手県内で、この病気のスペシャリストとのことでした。

 しかし、軟膏と、この病気に効くといわれている、腸内環境を改善するビタミンHを主成分とするビオチン散という粉剤が処方されましたが(きっと、同じ病気の方もこの処方が多いでしょう)、紫外線放射による治療を勧められ、機器のある盛岡市内の個人病院へ転院することになりました。

(ちなみに、ビオチン散については市販でも購入できます。)


国産原料、国内生産のビオチン500 (180粒、6ヶ月分)

 

 

 一週間に一度通って徐々に線量を上げていくという方針でした。状況があまり改善せず、治療費の面でも紫外線放射の医療点数が高く、一回の受診で薬も合わせて4,000円近い負担になり、体だけでなく財布の心配もしなくてはいけない「なまぬるい地獄」にいる気がしてました。